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2008年12月31日 (水)

大晦日の心模様

「幸福な家庭はみな一様に幸福だが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」という、トルストイ「アンナ・カレーニナ」の一節を、折に触れてなぜか思い出す。それでいて、その都度、幸福もそれぞれではないかと思ったりする。(前にも書いたかな?)

昨年までの3回の年末は、100%とは言えないが、平穏であったとつくづく思う。幸福と言い換えてもいいかもしれない。

そして、今年。不幸とまでは言えないが、平穏とは言えない心模様。

結婚、離婚の発表、報告ばかりか、実名をあげての非難、内情暴露が飛び交う、一部の芸能人のブログと違い、詳細や本音をすべて語ることができない、このブログ。だから、平穏とは言えない現状やその原因もここにあげられず。

この1年の様々な出来事、私の対応を振り返り、だからこその現在を想い、分析できるものの、後悔することは多く。いつもながら。

キャリア・カウンセラーとしてなら、「ネガティブな体験や反省材料を今後に生かすことができる」「リセットはできないが、捉え方次第でより良い未来は創れる」とクライエントに伝えているものを。

年齢を重ね、経験を重ね、学習したことはありながら、「まだまだ学習が足りない、生かせていない」と感じる、この大晦日。特に、プライベートの面で。若くはないけれど、枯れてはいないので。

会話やメールの内容を反芻する。これも年末の棚卸し、決算か。

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2008年12月28日 (日)

ああ、年賀状

つい先ほど、年賀状を書き終えた。28日に出せるなんて、ここ数年では快挙!

今年は、業務用、友人用、親戚用、その他の4種を作成、前回のものをバージョンアップ。年賀状ソフトも使わず、印刷屋にも頼まずのスタイルは「雇われない、雇わない」働き方を選んだときから。

業務用は、今年の実績の要約と事業案内の他、来年の抱負、決意、事業計画というか、願望?を付け加える。前回から、友人用、親戚用にも、事業案内や実績の抜粋を入れるようにした。近況報告でもあるし、思わぬ展開だってあるかもしれず。

年賀状作成、宛名書きは、毎年の行事というより、業務そのもの。正直なところ、気分としては、「義務」という感じ。書き上げると、これからの展開や活動というよりは、安堵のほうが先にたつ。

それにしても、年々、いただく年賀状の宛名書きの印刷率が高くなる。90%くらいか? みんな、マメに住所録を作成しているのねと感心するのは、内容はパソコンで作成するものの、宛名はいまだに手書きという私だけ? 名刺管理ソフトを買ってそのままの私ゆえ?

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2008年12月25日 (木)

機種変更、悲喜こもごも

長らく愛用していた携帯電話も電池切れが多発し、いよいよ機種変更に踏み切る。

携帯電話の発達とその活用の拡大は、業界内でも予測もつかない方向へと進み、新たな可能性やビジネスチャンス、文化?を生んでいる。その一方、闇の世界への窓口にもなり。

ともあれ、携帯電話にあれほどの機能が必要なのか? もはや電話とはいえないのではとも思える多機能性、ファッション性は、日本が一番進んでいるという。これもまた、技術開発の「ガラパゴス」のひとつなのだろう。

差別化が必要とはいえ、私のように、電話、メール、カメラなど、基本的な機能、本来の機能のみで十分なユーザーもいるはず。余分な機能の分、本体価格を安くしてもらうほうがどれほどありがたいか。

携帯電話を初めて持ったときもそう思ったのだけど、そのときの基本的な機能は電話だけだった。ならば、今後は、その余分な多機能のうちのいくつかも基本的な機能のうちになるのかも。

いずれにしても、かつて交わしたメールは移行できない。

以前は個人情報保護のため、今は「白ロム」としての商品価値や希少金属採取のため、解約した携帯電話を安易に処分しないもの。

加えて、いや、それよりも、かつてのメールをずっと手元に置くために、以前の携帯電話を大事に持ち帰った私。もはや、携帯電話は、思い出を留める記憶媒体になってしまったようで。

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2008年12月24日 (水)

クリスマスイブは勝手に延期?

クリスチャンじゃないからと、クリスマスを否定したり、無視するのもいかがなものか。格差をより感じることは悲しいし、呪縛になってはいけないけれど、なかなか会えない人と会ったり、非日常を楽しむのにはよい機会。日頃は口にできないことばや馬鹿馬鹿しいほどのアクション?も、このときばかりは解禁できそう。

クリスマスにかこつける。

そうは言っても、今日は自宅でDVDを見るしかなさそう、私の場合。

なので、勝手に延期してみる。イルミネーションが消え、クリスマスソングが聞こえなくても、再会を約束した日、非日常を味わう日がクリスマスイブ。

混雑も、喧騒もなく、まさにサイレント・ナイト。

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2008年12月22日 (月)

闘争か、逃走か。はたまた、

ストレスに対して、「闘争か逃走か」のどちらかの反応を示すのは男性であり、女性はそれ以外の反応、選択肢ももつという、生物学上。

「女は三度、生まれ変わる 脳の変化でみる女の一生」の一節を簡略に書いてみた。ホルモンの作用と脳との関わりから性差と女性の一生の変化を説いたもので、他にも興味深い内容がたくさん。

メノポーズカウンセラーとしても、キャリア・カウンセラーとしても。それより、おそらく三度目の変化の真っ只中にいるからかも。

なかでも、今日は、ストレス反応に関する、この部分が妙に気になる。

いささか、私自身、「逃走」ぎみなもので。

他の内容も含め、検証のとき?

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2008年12月19日 (金)

「アラ還」にはまだ早い?!

「アラフォー」が流行語大賞になるほど、40歳前後の女性がクローズアップされた今年、押し詰まってからは「アラ還」が話題に。

還暦前後、つまりは60歳前後の世代を指すわけだけれど、「アラシックス」にならないのはなぜ? 「アラフォー」が女性ばかりを現すので、男性も含めるためのネーミングか?

などと、勝手な推測をしている私。自分を含めた50歳前後の世代を勝手に「アラフィフ」と名づけていたら、世間では「アラフィー」と呼んでいるらしい。まあ、どちらでも、イメージは変わらないから、どうでもよいと、これもまた勝手に納得。

でも、「アラ還」と「アラシックス」では、同じ世代を現すにしてもイメージが違う。もうじきその世代に突入する私としては、ちょっと抵抗がある。還暦に近いだなんて。

でも、私の仕事上はジャストの対象層か。

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2008年12月17日 (水)

「老後」以前、「おひとりさま」以前

女性の多くが将来的に「おひとりさま」になり、その老後を心配したり、老後に向けて準備している。私も、そのひとり。

そりゃあ、「おひとりさまの老後」や「『ひとりの老後』はこわくない」が売れるわけだ。

でも、それ以前に、自分の親との生活、親の健康、介護、死という問題がある。

どうも、最近、親、特に父親の介護秒読み段階、要介護状態、最期を看取ったという話を友人、知人と交わすことが多い。いつのまにか、Q&Aになることさえ。

加えて、未だ老後とはいえない私達の健康状態、ワークスタイル、ライフスタイルに話が及ぶ。

「自分の老後」以前に、「親の老後」を支える「自分の現在」。「自分の老後」への学習とするか、ロールプレイと思うことにするか。少なくとも、共倒れや自分が先に倒れぬよう。

私達の世代は、かくも悩み深い。せっかく自由になれたと思ったら。

幸い、要介護になってないなら、今後そうならぬよう心がけつつ、束の間かもしれない現在を楽しもう。とは、私の心積もり。

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2008年12月15日 (月)

幸福感を感じるとき

理不尽さ、不合理さに腹が立つばかりの、嘆かわしい現実にしばし眼をつぶり、希望がもてる話題に眼をとめる。数日前の日経新聞コラム、世界の話題「幸福感のピーク」。

幸福感についてのフランスでの調査結果では、幸福感が頂点に達するのは65歳~70歳という。20代から幸福感が下降し、40代で最低、50を過ぎて上向きになり、50台後半から急上昇し、65歳~70歳まで最高潮、70台から下降するとのこと。

「豊かな人生の午後」を仕事上も、プライベートでもテーマにしている私としては嬉しい結果とはいえ、これはフランスでの結果。同じ調査を日本でしたなら、結果は?

ともあれ、可能性はあるということ。国の施策、環境もさることながら、年齢を、経験を、人生をどう捉えるかにかかっている。

急上昇するかもしれない私とみなさんの今後に期待しつつ。

まあ、現在のところ、私、上昇中というより、上下の激しいジグザグを描いておりますが。

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2008年12月12日 (金)

「変」!?

今年の一文字は「変」という。恒例の清水寺でのこと。

良くも悪くも激変の年ゆえ、「変化」を意味するらしいが、良い方向への「変革」を期待したいもの。オバマ氏のCHANGEも。

ならば、私の年賀状も「変」にしようか? 変化の多さは、世の中同様。そして、例年通り。

少なくても「変な人」「変なできごと」「変な状況」とは、無縁でいたいもの。

さて、これから忘年会。これは、「変わらない」メンバーとの再会。

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2008年12月11日 (木)

クリスマスソングが流れれば

クリスチャンでなくても、クリスマスを特別なイベントにしないにしても、耳にするクリスマスキャロル、クリスマスソング。

それにつれて、思わず口ずさむこともある。山下達郎とか、マライヤ・キャリーとか。ゴスペルを思い切り歌えたらとは、遠大な願望?

きらびやかなクリスマスイルミネーションが眩し過ぎたり、涙ににじむことがあるように、クリスマスソングが哀しく聞こえるときがある。そもそも悲しいクリスマスソングもある。楽しいクリスマスソングが似合わない情況もある。

この時期、あなたはどう過ごしてます? クリスマスソングはどう聞こえます?

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2008年12月 7日 (日)

マニキュアの塗りどき

今日は、夕方からパーティー。ラメ入りのマニキュアを乾かしながらの入力は、最近覚えたグッドタイミング。指の腹でのタイピング、クリックなら、せっかく塗ったマニキュアをはがす恐れはない。食器洗いを済ませたあとに限るけれど。

研修講師やカウンセリング、打ち合わせのときも、おとなしめではあるもののマニキュアを欠かしたことはない。単に、おしゃれのためだけではなく、これも仕事の準備。人によっては不可欠ではないだろうけれど、私にとっては必須アイテム。

マニキュアをしてもしなくても、外見を整えるのはマナーであり、ときに営業上の武装。そして、研修やカウンセリングのテーマによっては、内容にもリンクする。採用面接での第一印象の重要性はもちろん、セカンドキャリア支援、更年期障害解決支援なら「人生の後半からが自分時間、自分らしく、若々しく、いきいきと。様々なカテゴリーで生涯現役。」と伝えたいし。

そして、心の準備にも。装うことは生活の張りや元気につながるし、誰かとの出会いのチャンスを増やしてくれる。

加齢、病気、障害で元気をなくしている人にヘアメイクをするボランティアサービスがあり、その結果、前向きになれたり、症状の改善も見られるという。ヘアメイクは、鏡を見ないと変化がわからないが、マニキュアはひと目でわかり、いつでも自分で見られるので、手軽に効果が得られるとか。

と、キーボートをたたく私の指を見る。確かに。これだけでも、ずいぶん気持ちは変わるもの。

でも、いつ塗れば良いのかは重大問題。家事、育児、介護しているから、仕事の種類によっては、そんなことは無理という人も多い。タイミングを計れば、ひと時の開放になるかも。それも無理なら、ペディキュアがお勧め。色も冒険できるし、足での作業はほとんどないから、はがれ難い。

さて、乾いたので、次の準備に。

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2008年12月 5日 (金)

冷たい雨、雇用にも

「冷たい雨」と来たら、ハイファイセット、ユーミンを思い出す。それこそ、「あの日に帰りたい」?

そんな気分でいたら、定額給付金同様、なんとも不透明、かつ有効性に欠ける雇用対策のニュース。それでは、カラーを変えずにはいられない。ただ雇用者側にお願いしたり、給付金を出したりだなんて。(しかも、財源は確保できているわけでもなく)

キャリア・カウンセラーとしてだけではなく、元派遣会社勤務者として。やれやれ。

以前ほど批判がましくない、怒らないのは、行政に期待していないせいか、諦めなのか、馴れなのか。それとも、私自身のエネルギー不足?

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2008年12月 4日 (木)

必要経費の考え方、私の場合

このタイトルに、カテゴリー「心と体」は合っているのかと疑問に思うかもしれない。

でも、「雇われず、雇わない」働き方の私にとって、自分の心と体のメンテナンスに関わる経費は必要経費。

それに、ライフキャリアの相談にのる、研修を行う、それについて書く仕事上の情報収集、臨床実験でもあるし。

ときに、こじつけがましいとか、言い訳がましいと感じることもなくはない。誰にも後ろ指さされていないのに、こんなふうに書くこと自体。

メンテナンスと称しなくても、気分転換、癒し、休養でよいのに。いや、たんに心地よい刺激であっても、一時的な開放感、楽しみであっても。

数年前は、日頃の労働、苦労、忍耐への「自分へのごほうび」消費が主流だった女性たち。最近は、一大事業、ステップアップ前に弾みをつけるための、自信をつけるための消費が増えているという。特に、アラフォー世代。エステやバリッとしたビジネススーツなど。

それも、必要経費だと思う。

じゃあ、私の場合はというと、どちらも多少アリだけど、日常生活、日常業務を支えるもの、つまりは、前でも、あとでもなく、今を支えるもの、張りになるものが必要経費。

その詳細は、・・・。

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2008年12月 2日 (火)

書かねばと思うと、

ブログが「ほぼ日刊」から、2~3日に一回更新ペースになって、しばらく経つ。

ときには、記事作成のページを開いていながらも、頭の中が空白になる。はて、何を書こうとしたのやら。

これもまた、更年期障害の症状の一つかと首をひねりつつ、「ブログを書けない」ということを書こうかと、やっとキーボードをたたく。

もう、12月。今年もまた、個人事業者としての決算期を迎え、こればかりは「冬」と感じずにはいられない。二重の意味で。これは、「書けない」ことと関係あるのか? あるかも。

少なくとも、以前よりは「書けない」ことに強迫観念を感じにくくなった。できないと認めることで楽になることがある。それとも、諦めるということを覚えたのか。

「歳をとるごとにできないことが多くなる」とある人は言い、「諦めることも必要」とある人は言う。

「歳をとることで自由になることが増える」と私は言いたい。

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2008年12月 1日 (月)

「スクラム家族」増加、ちょっと複雑

かつて「パラサイトシングル」と言われた(非難された?)、親とともに暮らす未婚者。今は、親との協力体制によって、ともに生活が成り立つことから「スクラム家族」と呼ばれるらしい。

成人した息子たちとは別に住み、両親とともに暮らす私は、以前から「自分はパラサイトシングルではなくて、親と共生している。だから、共同生活。」と主張していた。いささか言い訳じみるけれど、住居などの保障を得ているものの、多少の生活費負担の他、肉体労働、確定申告、各種手続き、文書管理、設備管理、健康管理?、運転手などを行っているためだ。

ゆくゆくは「老老介護」かもしれないし(「認認介護」は避けたい)、その先は「おひとりさま」とはいえ、当面は「共生」なので。

もとより、「パラサイトシングル」のシングルは未婚者であって、私のようなシングルアゲインは含んでいないらしい。

それにしても、「スクラム」が必ずしも麗しいわけではなく、親と子がスクラムを組まなければ生活できないという、就労不安、低賃金、低年金などが実態の多くであるのは悲しい。

「自立できていない」から「パラサイトシングル」。「自立できない」から「スクラム家族」?

スクラムを組むことで、よりQOLが向上する、そんな「スクラム家族」になりたいもの。

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